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思いついたらメモ。その程度。定期的な更新なんてありえない。
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シャーロック・ホームズ 2010年イギリス 鑑賞
 監督:ガイ・リッチー
 脚本/原案:マイケル・ロバート・ジョンソン
 脚本:アンソニー・ベッカム
    サイモン・キンバーグ
【キャスト】
 ロバート・ダウニー・Jr:シャーロック・ホームズ
 ジュード・ロウ:ジョン・ワトソン
 レイチェル・マクアダムス:アイリーン・アドラー
 マーク・ストロング:ブラックウッド
 エディ・マーサン:レストレード警部
 ケリー・ライリー:メアリー

【STORY】
 世界は、はじめてのシャーロック。ホームズ
 に出会う――
 史上最高の名探偵、最大の謎に、最強のコン
 ビで挑む!
 舞台は19世紀末、ロンドン。進歩する世界の
 中心地であり、あらゆる悪がはびこるこの街
 で、事件が発生した!若い女性が次々と不気
 味な儀式を思わせる手口で殺され、ロンドン
 警視庁は解決の糸口さえつかめない。だが、心
 配はいらない。この街には、ホームズがいる。
 彼はたちまち犯人を突き止める。逮捕された
 のは、邪悪な黒魔術を操る男、ブラックウッ
 ド卿。彼は巨大な闇の力とのつながりをほの
 めかし、処刑されても復活すると宣言する。
 真の事件はここからだった。予言どおり蘇っ
 たのだ。


 画を観始めて10分もすると、小説の中のホームズ達とは印象が異なることに気が付く。僕にとってコナン・ドイルの描いたホームズは、冷静沈着であり、社交的で礼節を重んじているイギリス紳士だ。ワトソンは医者だがホームズよりも年とっていて、のん気でお腹が出ている伯父さん。ハドソン夫人は、落ち着いた大人の女性で、何かと面倒見が良いという印象を持っていた。
この映画のホームズの第一印象は、2001年に公開されたアルバート・ヒューズ監督の「フロム・ヘル」の主人公フレッド・アバーライン警部(ジョニー・デップ)だった。ぶっきらぼうで、くたびれて小汚く、自分勝手な性格が良く似ていると思った。
ワトソンの方は思っていたより若く、ドイルのホームズが失っている物を補完している様に思える。

 ホームズ役のロバート・ダウニー・Jrは、「アイアンマン」のトニー・スタークのイメージが強かったけれど、鑑賞後には僕の頭の中からトニー・スタークはどっかに行ってしまった。全く違和感無く、この映画で作り出されたホームズに合致していた。パイプこそ咥えていたが、彼が従来のホームズを示すトレードマークである「鹿撃ち帽」をかぶっていたら、ホームズには見えなかっただろうと思う。
 ワトソン役のジュード・ロウは、かっこよすぎて、ワトソンに見えなかった。でも、ホームズの相棒という風に観れば全く違和感は感じない。「Dr.パルナサスの鏡」にも出演しているけど、それ以前の作品では記憶に無い。
 アイリーン・アドラー役のレイチェル・マクアダムスは、「ホット・チック」「パニックフライト」で観ているはずなのだけど全く憶えていなかった。ラストの傷だらけの顔にゾクっ、とした。

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テーマ:映画 - ジャンル:映画

ソラリス 2002年アメリカ 鑑賞
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
製作総指揮:グレゴリー・ジェイコブズ
製作:ジェームズ・キャメロン
   ジョン・ランドー
   レイ・サンキーニ
脚本:スティーヴン・ソダーバーグ
【キャスト】
 ジョージ・クルーニー:クリス・ケルヴィン
 ナターシャ・マケルホーン:レイア・ケルヴィン
 ヴァイオラ・デイヴィス:ヘレン
 ジェレミー・デイビス:スノー
 ウルリッヒ・トゥクール:ジバリアン


 回鑑賞した「惑星ソラリス」のリメイク。リメイクというか、スタニスワフ・レム著「ソラリスの陽のもとに」の2度目の映画化といった方が正確かもしれない。
同じ小説の映画化ではあるけれど、アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」とソダーバーグ監督の「ソラリス」で、かなり異なっている。※ソダーバーグ監督と言えば「オーシャンズ」シリーズで有名、最近の作品は2008年に公開された「チェ28歳の革命」「チェ39歳別れの手紙」でもその名声が広がっている。
 基本的に旧ソ連で作られた作品とアメリカで作られた作品という事で、登場人物の名前やキャラクター設定が事なる。タルコフスキー監督の作品は原作と同じだが、ソダーバーグ監督の作品は現在の英語圏に合わせて変えてある。原作で「ハリー」という名の女性が出てくるが、「ハリー」という名前は英語圏では「男性」の名前だ。これでは都合が悪い。また、ソダーバーグ監督の「ソラリス」で「ゴードン博士」と呼ばれる科学者がいるが、自分は男かと思った。後で調べると、「ヘンリー・ゴードン博士」で女性の名前だと解った。国が違うと、難しいものだと実感した。

 ちらの作品も、冒頭で主人公クリスの生活を描いているが、それぞれの監督独自の世界が作られていて面白い。この冒頭のシーンはどちらもラストに関ってくる重要なシーンとなっているが、原作の冒頭には無いシーンだ。※原作の冒頭ではクリスがソラリスの軌道上にあるステーションに着く所から始まる。
 タルコフスキー監督の作品では、クリスとクリスの両親や友人がいて、妻を失って失望しているクリスを見守る生活をしている。元気の無いクリスは突然の雨にうたれても全く気にしないほど自己の中に閉じこもってしまっている。鬱状態かと思う。
 ソダーバーグ監督のクリスは、一人暮らしで独立している。職業は精神科医で毎日同じ独身生活を続けている。こちらのクリスも10年前に失った自分の妻の事を引きずっている。
また、タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」ではクリスは作品中に2回、跪き謝罪をするシーンがある。ソダーバーグ監督の「ソラリス」には無い。
 人物設定の違いは、ストーリーにも影響を与えている。その点で見ればタルコフスキー監督の「惑星ソラリス」の方が原作に近いのかもしれない。細かな所では、どちらにも原作に忠実な所もあるし、どちらにも全く違う箇所もあるが。映像的には「ソラリス」の方が綺麗で美術設定もしっかりしている。時代の差があるのだから当然と言えるが、自分は「惑星ソラリス」の方に魅力を感じる。その魅力は原作で描写されている箇所が、きちっと映像で表現されているという点にある。「ソラリス」では綺麗に絵作りがなされているので、原作の描写から乖離してしまっている感じがする。ストーリーさえしっかりしてれば、どうでもいい様な事ではあるけれど、この作品を世に発表した著者に経緯を表したいとは思う。もちろん現代風にリデザインする事は決して原作を侮辱した事にはならないが。
 以下、ネタバレ含む
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惑星ソラリス 1972年旧ソ連 鑑賞
監督:アンドレイ・タルコフスキー
脚本:アンドレイ・タルコフスキー、フリードリッヒ・ガレンシュテイン

【キャスト】
・ハリー:ナタリア・ボンダルチュク
・クリス・ケルヴィン (心理学者):ドナタス・バニオニス
・アンリ・バートン (宇宙飛行士):ウラジスラフ・ドヴォルジェツキー
・サルトリウス (天体生物学者):アナトーリー・ソロニーツィン:
・ギバリャン (物理学者):ソス・サルキシャン
・スナウト (サイバネティックス学者):ユーリー・ヤルヴェト

年ぶりの再鑑賞。※古い映画と言うこともあって、ネタバレあります。
久しぶりと言う事もあって既視感は薄い。全く忘れている訳では無いが、シーン毎、カット毎にいろいろと考えながら観る事が出来た。以前、鑑賞した時は半分脳味噌が眠っていたように思う。確かに前半部分の延々と続く旧東京のハイウェイのシーンは、BGMも無く退屈で今回も眠りに誘ってくれた。でも、当時はこの東京のシーンは監督にとっては未来都市のイメージそのもので目新しかったに違いない。追い越していく黄色いタクシーや他の自動車にはエンジン音では無く、モーター音を宛がっている。日常的に聴くエンジン音では無い。そんな事を考えていると、眠気も追い払う事ができる。
 冒頭、主人公クリスの家のシーンは一見退屈なシーンが続くが、重要なシーンでもある。カメラのレンズが悪いのかトイカメラの様なトンネル効果が出てしまっている。トンネル効果と言うのは写真の真ん中が明るく画面はしに行くほど暗くなっていく。水面下の流れにたなびく水草のカット。決して綺麗とは言えない水面。クリスの顔がカットインし、湖から背の高い草の生える草原に立っているクリスの俯瞰からのショット。草原を抜け、林を左から右へ横切っていくクリスのロングショット。お茶会後の屋外テーブルの脇にあるイスに座ってどしゃぶりの雨に打たれるままになっているクリス。―この屋外で雨に打たれているクリスのシーンはラストに大きく関ってくる。―
 予算も少なかっただろうし旧ソ連政権下の制約も大きかったに違いないだろうと思う。のちにタルコフスキー監督は「意図的に観客を退屈させるような作風を選んだ」と述べているらしい。どのような意図だったのかと推測してしまう。作品内でクリスは、ソラリスでの観測研究を続ける意味があるのかどうか確認する任務を与えられている。軍服っぽい制服を着たパイロット(?)はソラリスの研究をやめる事は宇宙征服に対しての侮辱だと、中止に反対する。これは国の宇宙開発政策の代弁か?そう考えると、観測研究を辞めろと言っている側は、予算を地球(国民の生活)に使えと言っているのか?それを判断するクリスの立場が、タルコフスキー監督自身の事なのか?と、いろいろ考えさせられる。もし、観客を退屈させない娯楽作品であったなら、この様な監督の意図は気付きもしなかっただろうと思う。もちろん、コレは自分の勝手な考えであって、本当はどうだったかなんて解らない。
クリスがソラリスの宇宙ステーションに付いてからが、また理解が難しい。ステーション内のクリスの自室で、ギバリャンの遺書となる録画を見るシーンで、部屋の外で何か音がする。普通なら、ここでモニターを消して物音の原因を確かめようとドアを開けて確認しようとするだろうと思うが、クリスは確認もせずに半開きのドアを閉めてしまう。この段階でクリスはステーション内にはクリスを含めて3人しかいないはずと思っているはず。誰かが伺っているのなら確認したいと思うのが普通だろうが、そうしない。これは国民性の違いによる物か?それとも…?

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コララインとボタンの魔女 3D(吹替) Coraline 3D(Dub) 鑑賞
 お引越し
 ――地区150年のピンクス・アパートへ

 コララインが不機嫌だった。引っ越
 したばかりの新しい町には友達もい
 ないし、忙しい両親は仕事に明け暮
 れて全然構ってくれない。外へ出れ
 ば、ワイビーと名乗る口の悪い少年
 と、生意気な黒猫が後をつけてくる。
 仕方なく一人で新しい家を探検して
 いたコララインは、不思議なものを
 見つける。それは壁に封印された、
 コララインの背丈よりも小さなドア。
 壁紙を破ってドアを開けると、その
 先はレンガでふさがれていた…・

 http://coraline.gaga.ne.jp/

ャナルで久しぶりに鑑賞。前回キャナルシティで鑑賞した映画は「ハンニバル」だったから9年ぶりくらい。随分来てなかったものだと思う。といっても、キャナルシティ自体には定期的に来ていたのですけどね。献血の為だけど。

上映されている部屋は3D専用の部屋。お客さん皆が3D用のメガネかけているのが何だか新鮮。そういえば昔3Dが流行った時(ジョーズ3Dとか)もこんな感じだったっけか。新鮮味と懐かしさを同時に味わう不思議。ブームは繰り返すというけれど映画も同じみたい。以前の様にすぐに廃れずに技術的進化が進むといいなと思う。

 ティム・バートン監督作品。1993年に公開された『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』で多くの人に人形アニメ監督の名前として一躍認知されたけれど、個人的には『トロン(※監督としてではなくアニメーターとして参加)』『シザーハンズ』から僕にとってはスターだった。その後、『スリーピー・ホロウ』『コープスブライド』『チャーリィとチョコレート工場』『スウィニートッド』等の作品を手がけている。どの作品もお気にり。ティム・バートン監督のキャラクターは独特。ちょっと不気味だけど、かわいくて魅力がある。目の下の隈だってすてきだ。
コラライン』は先日試写会で鑑賞した『かいじゅうたちのいるところ』同様に、現実の世界に半ば幻滅した主人公が自分のパラダイスを求めて親元から脱出。パラダイスで楽しい時をすごすも虚の世界である事に気が付いて現実世界に戻ろうとする、典型的なハリウッドストーリィ。※ここで言うハリウッドストーリーとは、昔の英雄の物語を教科書にスピルバーグ等が若い監督を育てる為に簡略化されたストーリーの基礎となるもの。「出発」「試練」「帰還」の3つで構成されている。日本では「起承転結」とされているのと同じ様な基準。同じ3D映画として先日公開された『アバター』もこれに準じているが、「帰還」の意味が異なっている。

イトメア』はとても好きで、LDを買って事あるたび鑑賞。今までに30回以上は観ていると思う。しかしながらその後公開された『コープスブライド』は1度きりしか観ていない。どうしても『ナイトメア』と比べてしまう。キャラクターがそっくりというだけでなく、世界観や美術設定がそっくりだから、孵って鼻についてしまう。続き物では無いのだから、2匹目の鰌を狙うような作品は辞めてほしかった。そういう意味では、『チャーリーとチョコレート工場』はとても新鮮な気持ちで観ることができた。『コラライン』のキャラクター達はティム・バートン作品らしいキャラクターだけど、今までのキャラクターと違って普通っぽさが多く残っている。なんとなくハンナ・バーベラっぽい印象も受けるデザインだけど好感が持てる。脇役達はまさにティム・バートン風味のキャラクターだけど脇役だからだろうか、全然鼻に付かない。冒頭と後半に出てくる魔女は、シザーハンズの手を持っている。これは監督の遊び心の表れだろうか?鼻に付くどころか親しみさえ湧いてくる。人形アニメーションの技法や演出はまさに芸術の域にまで達しているように思えてしまう。ぎこちない動きと滑らかな動きをシーンやカットに見事に合わせていて最大の効果を出している。また3Dの使い方は『アバター』以上に上手いと思う。鑑賞中にメガネをはずして観ると、3Dを全く使っていないカットが割りとある事に気が付く。3Dを使うカットと使わないカットの緩急が匠。通り一遍等に3Dをだらしなく使って3Dの良さを殺している過去の映画達とは全く異なっているように思えた。

最近マスコミが3Dが良いぞ!としきりに騒いでいるが、本当にマスコミとメーカーだけが騒いでいて、一人の消費者としてそれを見ると変人が街中で騒いでいるだけの様な印象を受けていた。3Dテレビ?3Dデジカメ?等と聴いても、昔50円のチューイングガムのオマケに付いていた細長いホログラムシート程度の価値しか感じていなかった。3Dに見えたからどうだっていうのよ?そこに何か新しい価値があるとでも?という感じ。確かに医療現場とかでだったら価値は高いだろう。しかし嗜好品ではどうか?疑問しかなかった。でも『コラライン』を観て少しだけ印象が変わった。使う人が使えばこんなに素晴らしい作品が作れるのだと。

3Dテレビが市場に出てきたとして、果たしてそれを効果的に上手く使えるクリエイターがこの日本に何人いるだろうか?『コラライン』が素晴らしかっただけに疑問と不安はさらに膨らんでいく。いうまでも無い事だが、世界中さがしてもティム・バートンやキャメロンの様な監督はそうそういない。ましてや日本には…

≪2158文字:400字詰原稿用紙7枚≫…orz

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2010年宇宙の旅 1982年アメリカ
ーサー・C・クラーク原作のSF映画
2010

監督・制作・脚本:ピーター・ハイアムズ
【キャスト】
 ヘイウッド・フロイド博士:ロイ・シャイダー
 ウォルター・カーナウ博士:ジョン・リスゴー
 ターニャ・カーバック船長:ヘレン・ミレン
 R. チャンドラ博士:ボブ・バラバン
 デビッド・ボーマン船長:キア・デュリア
 HAL9000声:ダグラス・レイン


前作スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」の続編。
2001年は物凄く難解な映画であるにも関らず、映像美とそれを印象付けるクラッシック音楽、リアルなデザインで1970年代の僕を魅了した。
全く意味が理解出来なかった。でも未来への希望や憧れ、そしてソレがもたらすであろうスリルや危険性は十二分に伝わってきて、一目ぼれしてしまった。実際に公開されたのは1968年。その時、僕は4歳だった。だから劇場公開時には観ていない。最初に観たのはTVでだった。20型の日立のカラーテレビ画面に釘付けになった。いまだに、意味が良くわからない。高校生になった僕が友人に尋ねると原作を読めば解るよとアドバイスしてくれた。でもね、映像美に取り付かれていた僕はとても原作本の活字を読む気にはなれなかった。小説を読むのは好きだったけれど、映像と活字は分けていた。今にしてみると、面倒臭くてタダの言い訳だったように思う。
その後、続編である「2010年」が公開された。
その時の自分は高校2年生か3年生だったと思う。ロイ・シャイダー主演というのも物凄く興味をひいた。ロイ・シャイダーといえば「ジョーズ」。僕の大好きな映画の一つだったから。
でも、劇場に足を運ぶ事は無かった。TVでの放映も再放送も見ていない。監督がスタンリー・キューブリックじゃないからって、言い訳を自分にしていた。観たくなくなった理由は単純だった。先に観て来た友人の感想が観に行きたいという欲求を消してしまったからだ。内容はよく解らない。モノリスの正体の謎も解けない。どうやら続編では無く一作目のパラレルワールドっぽい。一作目ほど映像は綺麗じゃない。等々否定的な感想ばかりだった。加えて、特集番組か何かでメイキングシーンの一部を見た。ロイ・シャイダーがペンを空中に静止させるシーン。どうみてもガラスにくっ付けているだけで無重力空間の欠片も感じなかった。僕はそれだけで失望してしまった。2010年という作品は僕の中では存在しない作品になってしまった。
しかし、ある日それが変わった。理由はいまだに良くわからない。まるでチンパンジーがモノリスに手を触れて進化したような感覚。
きっかけは何故か「ミクロの決死圏」。急に古い映画を観たくなって「ミクロの決死圏」を観た。ついでに原作小説も読んだ。昔の作品とは思えないほどの新鮮味を感じた。そして「2001年」はもっと綺麗だったなぁって思い出した。更に、あれ?来年って2010年やんって、思っていたら脳裏に消えたハズの「2010年宇宙の旅」が蘇ってきた。

して今年。ようやく「2010年宇宙の旅」のDVDを手に入れた。鑑賞しました。

先ず、現実の2010年と1984年に考えられていた(憧れていた?)2010年のテクノロジーとの差が面白いと思いました。映像美って程では無いけど充分に綺麗。最近のCGを駆使しているけれど変なSF映画なんかよりも、綺麗で面白かった。やっぱり原作者のメッセージやストーリーの意味は良くわからなかった。ネットを検索してみると、「前作を見ていないと理解出来ないよ」という感想が見つかった。前作が良くわからなくて、その謎解きを続編に求めている人が大多数なのだろうにと苦笑い。
そこでネット検索をやめた。もう少し検索すればもっと深く理解している人の感想やなんかを見つける事も出来ると思う。でもその前にする事が一つできた。

 原作本を読むこと

今の自分になら多分読めると思う。そして少しは理解できるのじゃないかな?と期待もしている。精神的に幼かった僕は最初に映像美に取り憑かれた。そのせいで続編を観るまでに多くの時間を費やしてしまった。今なら2001年宇宙の旅と2010年宇宙の旅をセットで読めると思う。できればさらにその先「2061年宇宙の旅」「3001年終局への旅」まで、足を伸ばしたいと思う。

今の僕にとってのモノリスは書籍なのだから。
2010



≪1799文字/400字詰原稿用紙5枚≫

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