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思いついたらメモ。その程度。定期的な更新なんてありえない。
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依頼人がほしい パーネル・ホール 著/田中一江 訳 読了
依頼人

 わたしは歯がわるい。手術するこ
 とになったはいいが、治療費たる
 や莫大で、万年金欠のわたしは頭
 をかかえてしまった。ところが神
 の救いか、事故専門の調査員のわ
 たしに初めて本物の依頼人が訪ね
 てきた。別居中の妻の行動を探っ
 てほしいという。が、幸運もそこ
 までだった。尾行先のホテルで当
 の女性の死体が発見され、またも
 やわたしに殺人の濡れ衣が……ひ
 かえめ探偵が今度ばかりはプロの
 意地を見せる好調シリーズ第五作


 月読んだ「探偵になりたい」の5作目。なんで2作目でなく5作目を読んだかというと理由がある。2~5作の裏表紙に書かれた粗筋を読んでいて、5作目になって「初めて本物の依頼人が訪ねてきた」と書いてあったからだ。つまり2~4作目は、「依頼人」と呼べる人間が出てこず、と言う事は、何か犯罪に偶発的に巻き込まれる様な話なのだろうと勝手に判断したからだ。今の僕は精神的な休息が欲しくて「探偵物」と言われる作品が読みたかった。パーネル・ホールによるこのシリーズの主人公はとても魅力的だが、今は「内容」を選びたい。読んで頭がすっきりする様な作品が読みたいから。
 このシリーズ作品の主人公スタンリー・ヘイスティングというキャラクターは好きだ。彼は決してスーパーマンじゃない、頭も人並み、ルックスも人並み、金は人並み以下。加えて今回は歯の治療費の問題をかかえている。普通のサラーリーマンだ。「探偵」という肩書きは彼が「保険の調査員」になった時にその免許(資格)を取ったのだが、それが探偵の許可証と同一の資格だったというだけの事。いわゆる探偵とは異なり、誰かが転んで怪我をした時に現場に行って道路や階段の不具合の写真を撮影し「訴訟の材料を集める」だけの仕事だ。
「探偵の免許」を貰った事を聞いた彼の友人が、スタンリーの事務所に「スタンリー探偵事務所」と書かれた表札を「冗談」で取り付けたのが勘違いされる事の始まりだった。
 といっても、勘違いしたのはこの5作目でやっと2人目。1人目の依頼人は、スタンリーが相手にしなかったし、勘違いして依頼してきた日の翌日に殺害されている。
つまり、5作目にして初めて「探偵として」依頼を受けた。2~4作目は何をしていたのだろうと気にはなるが、今の僕はこれが読みたかった。
スタンリーは1960年代生まれで、本当に普通の人。今の僕よりほんの少し年上。物凄く感情移入しやすい。物語は彼の一人称形式で綴られているので尚更だ。彼の考えの通りに読み進んでしまう。彼が正しいと思って行動している事がとても自然に受け入れられるが、必ず後で裏切れられる。そこでスタンリーが悔しがったり、残念に思ったりするのと同じ様に感じてしまう。パーネル。ホールの表現力が匠なのだ。読者に客観視させないように気を配っている。そして、まんまと読んでいる僕がスタンリーになってしまっている。そのスタンリーの一生懸命さや頑張りがとても愛しくカッコイイ。


 れも「訳者あとがき」にも書かれているけれど、彼が何かやると必ず裏目に出てしまう。今となっては懐かしい「マーフィーの法則」。それこそが彼の個性になっている。「恥ずかしいのを我慢し、なんとか買って来た妻の生理用ナプキン。しかしそれは、妻の気に入らない商品だった」り、「成功したと信じた尾行は、相手に気が付かれ、逆に尾行されていた」りする。それでもなんとか目的を達成しようと「一生懸命」に頑張ってる。その姿が好ましいし人間臭くて、共感してしまう。

スタンリーは言う
「わかってほしい。わたしは六十年代の産物なのだ。六十年代育ちの人間は、今日びの時代にさまざまな問題をかかえている。(中略)エイズの出現によって愛の行為がどんな戦争よりも多くの死人を生むかもしれないとわかってみると、「戦争ではなくて愛を」と叫んだ世代の一員であった事に恥じ入るばかりだ」

ラストで彼は自分の思いのたけを考え、述べる。これは彼だけの想いじゃない。誰でも思っている事だ。彼は読者が日頃思っている事を代弁しているだけにすぎない。だからこそ、心に染みてしまう。かっこいいよ!スタンリー!!でも最後の一行で現実に戻してくれる。折角、良い気分で酔っていたのに。まぁ、「オチ」とはそういうモノだけれどね。

読了後に再び思う。―カッコ悪い事が、何でこんなにカッコ良いのだろう。不器用な男が、どうして頼もしく思えるのだろう。どうしょうも無い間抜けを、どうしてこんなに好きになってしまうのだろうと―
 答えは解っているのだけどね。物凄く「人間」らしいというのが答え。それも身近な「人間」だと思う。一生懸命に仕事をしている人は、かっこよくて当たり前なのだけど、その仕事は「誰かに」与えら得た物。さらにかっこよくする為には、「自分で仕事を見つけなければならない。」その為には、ポリシーだったり、目標だったり、糞ッタレな主義だったりが必要なんだ。自分を磨く為には、身体の表面を何かに擦り付けて、出っ張りを削り、凹んだ所を埋め、ピカピカになるまで拭きあげなきゃならない。それはとても苦しいしかっこ悪い事だし、自分の恥部を曝け出さなきゃなら無い事もある。他人がその行動を見たときに、呆れるか、ソレとも「なんて恥ずかしいヤツ」と思うかは、実際の所どうでもいい。かっこ良いと思ってくれる人間は、「身近な人間」だからだ。理解してくれる人間だ。
著者であるパーネル・ホールが、主人公であるスタンリー・ヘイスティングを、読者にかっこよく魅せた(思わせた)のは、彼に感情移入させたからで、著者の表現力の巧みな技術による物だ。
 小手先の表現力じゃできない。経験を積み、実際に味わった事じゃないと書けない文章じゃないかと思う。だからこそ、こんなに魅力ある作品になっていると思う。すーっと、読めてしまって、読了後に気持ち良さだけを残す。
なんにも引っかかる所がなくて、当たり前の世界感だから、感想を書く事さえ困難にしてしまう。とても自然体で読める一冊だと僕は思う。

≪2490文字:7枚≫
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テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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