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撃たれると痛い パーネル・ホール 著/田中一江 訳 読了
撃たれるといたい

 恋人の誠意を確かめて欲しい――
 メリッサと名乗る、地味で気弱な
 中年女性の依頼は、たやすい仕事
 に見えた。予想通り、当の男と若
 い美女の密会現場を突きとめ、一
 件落着。と思いきや、その直後に
 男が他殺体で発見され、メリッサ
 に殺人の容疑がかけられた。納得
 のいかないわたしは、密かに真相
 を探りはじめる。が、その矢先、
 このわたしが、何者かに撃たれて
 しまうとは! ひかえめ探偵が絶
 体絶命の危機に立ちむかう第七作


 前回の「陪審員はつらい」が面白すぎて読み終わった直後に、この作品を読み出しました。「陪審員はつらい」で、探偵としての自信を付けた主人公スタンリー。ヘイスティング。このシリーズは、他のミステリーや推理物のシリーズと異なって、主人公の精神的成長を、作品を重ねる事で描かれていて面白い。まるで大河ドラマのよう。もともと主人公は、役者を目指していた。一度はアーノルド・シュワルツネッガー主演の映画「SF超人ヘラクレス(1970年アメリカ)」で、端役を演じているらしい。――作品中ではスタンリーが演じているが、実際は著者が経験した。詳細は「陪審員はつらい」を読んでください――
 しかし、その役者の仕事もほとんど無くなり、執筆業に転じようとしたが、これも全くダメで、仕方なく友人の紹介で「調査員」の仕事を引き受ける事になった。その就職祝いに探偵の看板をジョークとして友人からプレゼントされ、事務所の入り口に<ジョークとして>掲げているに過ぎなかった。それが、作品一作目で、勘違いして戸を叩いてきた依頼人がいた。というのが、「探偵業」の始まりだった。故に探偵としての自覚も無く、病むにやまれずに続けてきた。それが前作で、鮮やかに事件を解決した。それで自信を付けた。
 今作はここから始まる。作品中には「自信が付いた」とは書かれていない。続けて読むことで、作品と作品の間にスタンリーに自信が付いたのだろうと思わせる出だしとなっている。この辺りの描写や仕掛けは、さすがパーネル・ホールだと言わせられる程、見事。冒頭の1章を読んだだけで、期待感が高まる。
 先月読んだ、クレオ・コイルのシリーズ物も面白かったのだが、正直な話、作品を読み重ねるたびに嫌気が差していった。しかしながら、それを我慢して読み進むと、作品の後半から少しずつ面白くなっていくので辞められないのだが。
 パーネル・ホールの作品は、明らかに面白い。映画は最初の15分で客の心(関心)を掴まないと失敗だと言われるが、パーネルの作品には無縁の言葉かもしれない。
「撃たれるといたい」というマヌケな邦題が付いているが、原題は「SHOT」だ。単語1つなので、「撃つ」と訳すのが普通じゃなかろうか?と、僕の素人考えではそう思った。邦題から考えれば、スタンリーは「撃たれるのか?」と考える。江口寿先生が描く表紙のイラストでは、自殺でもしそうになっている。冒頭の自信満々なスタンリーからは予測が付かない。章を進む毎に期待感が膨らんでいく。
そして、タイトル通り撃たれる事になる。

 日本において、銃で胸を撃たれるという事は「重症」だと思わされる。しかも心臓の横数インチの場所となれば尚更である。しかし主人公スタンリーは嫌っているが、銃が当たり前の社会に置いては、撃たれたと言うだけでは重症かどうかは判断しないらしい。スタンリーも軽傷だと言われすぐに病院から追い出されてしまう。いくら患者数が多くてベッドが足らないといっても、日本では考えられないよなって思っていたら、ふと母方の叔母の事を思い出した。白血病と膵臓癌を煩っていた叔母は「老衰」で亡くなったのだが、やはり病院を追い出され、自宅でこん睡状態に陥ってからまた病院に戻るという事を繰り返していた。病院で症状が落ち着くと、途端に追い出され、再び病状が重くなると病院に戻る。病院は病気を完治させる所ではなく、「治療をする所」で「患者の傷や病気を治す」場所では無いと思った事を思い出した。たしかに日本では「銃」は珍しく一種の神話的な存在だ。だが、こと病院となると、原因は何であれ、同じなのだなと納得した。
この作品の本題はスタンリーが撃たれて、やっとスタートする。銃で撃たれた事で、脅え、前作で築いた自信も吹っ飛ぶ。そこから、主人公は家族や友人からの助言を得て、自分の中の「何か」を解決していく。多分、著者はこれを書きたかったのだろうなと思う。多分ありきたりの、精神的成長物語――ではなかった。この後は作品を読んで確認して欲しい。
 付箋でも貼っておきたいなと思った箇所が2箇所あった。スタンリーと立場も生活も何もかもが違う僕だが、著者がスタンリーに言わせた事、思わせた事は、僕の人生にも当てはまる事だった。その部分を何回か読見返した。そしてスタンリーがそれにどう立ちむかうのか、どう解決するのか、どう対処するのかが気になった。
このパーネル・ホールのシリーズは「ユーモア・ミステリー」というジャンルに区分される。しかし、決してそう簡単に区分される作品では無いと思う。
 マイケル・J・フォックス主演のコメディ映画が僕は好きで良く観る。定期的に何回も観る。単純に愉快だとかじゃない。そんなのは最初だけだ。何回も観ているとクダラナイジョークは観えなくなってくる。そして本当はこれをテーマにしたかったのだよというメッセージが見えてくる。コメディという糖衣に包まれた、ちょっと苦い薬の様な作品がマイケル・J・フォックス主演のコメディ映画に多い。だからこそ、コメディでありながら、コメディだけじゃない作品だし、何度も観る価値がある。パーネル・ホールのこの作品も同じだった。
読了後には、面白かったという満足感だけでなく、もう一つ心に残る物がある。それが何かは、明確には説明できない。何度も読むことで観えて来るのかもしれないなと、僕は思う。
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テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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